朝ドラ「ばけばけ」小泉八雲の心は、今もニューオーリンズにある ―クレオール料理がつないだ絆―

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【忠告】
朝ドラ『ばけばけ』の先の展開のネタバレは基本的に書いてありませんが。
小泉八雲（ラフカディオ・ハーン）と、妻・セツ夫妻の［史実］について触れます。
あとから「読むんじゃなかった…」がないよう、読む際は自己責任でお願いします。
　※以下、敬称は部分的に使い分けをします。

ハーンとニューオーリンズの料理とのつながりに関する史実

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―――ここまで、ごあいさつ―――

俳優・高石あかりさん主演でヒロイン・松野トキを、トミー・バストウさんがレフカダ・ヘブンを演じ、文豪ラフカディオ・ハーン（小泉八雲）と、妻セツをモデルにしたNHK連続テレビ小説（朝ドラ）『ばけばけ』（NHK総合・月～土、午前8時～ほか）。

第8週『クビノ、カワ、イチマイ。』の第40話（11月21日放送）では、トキ（髙石あかり）の未来の夫であるレフカダ・ヘブン（トミー・バストウ）」が、同僚の錦織友一（吉沢亮）や生徒たちにクイズ大会をする場面が描かれました。

そこでヘブンがギリシャ出身であることや、現在40歳であること、「1か月だけレストランを開いたことがある」という事実などが明らかになります。

今回は、ラフカディオ・ハーンとニューオーリンズ時代の料理本、今の料理人とハーンのつながりに関する［史実］を記してみます。

きっと、「本編」では採用されない（と思います）エピソードを知ることになるので、より今作を深読みできると思います。

第一章　ギリシャの青年が日本へ向かうまで

ラフカディオ・ハーンは嘉永3年（1850）年6月、ギリシャのレフカダ島に生まれ、幼くしてアイルランドへ移り住む。

成長ののち単身アメリカへ渡り、新聞記者として才能を発揮したが、社会の偏見や低賃金に苦しむ日々を経験する。

その暮らしぶりを伝える証言の一つとして、当時の手紙には次のような記述が残る。

「週10ドルでは到底食べていけない。倹約しても追いつかない」

　※出典：ハーン書簡（令和7年〈2025〉引用時点で確認される一次資料）

この苦境を経て、やがてハーンは “書くことだけで生きる” 覚悟を固め、日本へ向かう大きな動機を育てていく。

第二章　香りにみちた街との出会い

ハーンがニューオーリンズへたどり着いたのは20代の終わりである。

湿った風が港から吹き込み、どこの店からもスパイスの匂いが漂っていた。

アメリカでもヨーロッパでもない、不思議に混ざり合ったこの街の空気は、彼を一瞬で魅了した。

ギリシャ生まれの流れ者であった彼にとって、ここは初めて「自分が受け入れられる」と感じられる土地であったのだ。

第三章　20日で終わった「不景気」レストラン

ニューオーリンズ時代、ハーンは友人と店を開いた。

店名は「不景気（ハード・タイムズ）」で、どれも一皿5セントという破格の値付けが客の話題をさらった。

しかし、店は20日で幕を閉じる。

共同経営者が売上金を持ち逃げし、料理人も一緒に姿を消すという、痛ましい顛末であった。

「客がコーヒーに文句を言えば怒鳴りかねない大男だった」

※出典：ハーン書簡（令和7年〈2025〉引用時点で確認される一次資料）

この体験により、ハーンは自らの気質が商売に向かないと悟り、ひとつの迷いが消えていく。

第四章　料理への情熱が形になった一冊

ハーンは、街角の食堂や家庭料理に強く心を引かれた。

クレオール料理は、フランス・スペイン・アフリカなど多くの文化が混じり合って生まれた味である。

ハーンは料理に精通することで、人びとの暮らしや歴史まで理解できると考えた。

実際に友人の家の台所へ入り、作り方を聞き、香りや色、鍋の音までメモしたという。

新聞記者として働きながら、クレオール文化の料理を調べ、明治18年（1885）に『クレオール料理（A Collection of Culinary Recipes）』を出版する。

400以上の料理を収めた労作であり、生涯で唯一の料理書である。

辛苦と好奇心が同居するこの一冊は、八雲の “生活者としての眼差し” をよく示している。

そう、これはただのレシピ集ではなく、街への愛情をぎゅっと詰め込んだ一冊であった。

A Collection of Culinary Recipes

第五章　料理人たちの“仲間”となった文学者

料理の世界に飛び込んだハーンは、地元の料理人や家庭の主婦たちから驚くほど自然に迎えられた。

肌の色も言葉も違う人びとがいる街だが、ハーンは誰の文化も丁寧に尊重した。

その姿勢が人びとの心を開き、「あのギリシャの作家は、クレオール料理の本当の理解者だ」と語られるようになった。

彼は異国の来訪者ではなく、この街の “仲間” として受け入れられたのである。

第六章　カーニバルに息づく八雲の名

今も続くニューオーリンズのカーニバルは、街全体が踊りだす巨大な祭りである。

そこには多くの「クルー」と呼ばれる一団（日本の「山車」のようなもの）が参加する。

のちに、八雲を記念したクルーが生まれ、彼の名を掲げてパレードに登場するようになった。

きらびやかな衣装、太鼓の響き、色とりどりの飾り。

その中心に掲げられる「Lafcadio」の名は、この街が彼をどれほど誇りにしているかを示している。

料理本を書いただけの人ではない。街の文化を深く愛し、世界へ伝えた人物として敬意を集めているのである。

Mardi Gras 2024: carnival in New Orleans

第七章　スパイスの香りとともに残る心

ニューオーリンズでは今も、レストランの厨房で八雲の話をする料理人がいる。

「あの本に救われた」「私たちの料理を世界に紹介してくれた」と語る人もいる。

祭りの夜、クレオール料理が並ぶテーブルに座ると、スパイスの奥に八雲の面影がふっと立ち上がるようであるという。

彼の心は、松江へ渡ったあとも、ずっとこの街の賑わいとともに生きているのだ。
※NNHK【小泉八雲のおもかげ】ばけばけの俳優トミー・バストウが見た“八雲の原点”　ニューオーリンズのガンボスープと精霊の森の記憶｜2025年11月3日より

あとがき

クレオール料理と八雲の関係を見ていくと、彼が単に異国の文化に興味を持ったのではなく、人びとの暮らしや心を大切にしながら理解しようとしていたことが分かります。

ニューオーリンズの人たちが今も八雲を敬愛するのは、料理という身近な文化を通して、街の価値を世界へ伝えてくれたからです。

祭りの中で彼の名が輝くのは、その感謝の気持ちのあらわれなのだと思います。

ドラマで描かれるフィクションの奥に、こうした史実を知ることで、物語がより深く、温かく感じられると思います。

読者の皆様の “ドラマを楽しむ” ためのお役に立てれば幸いです。

参考・出展

■『小泉セツとハーンの物語: ー小泉八雲「怪談」誕生のひみつー』三成清香(著)少年写真新聞社 
■『小泉八雲　漂泊の作家ラフカディオ･ハーンの生涯』工藤美代子(著)毎日新聞出版 
■『ヘルンとセツ』田淵久美子(著)NHK出版 
■『セツと八雲』小泉凡(著)朝日新聞出版 
■『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』青山誠(著)KADOKAWA 
■『面白すぎて誰かに話したくなる 小泉八雲とセツ』伊藤賀一(著)リベラル社  ■『八雲の妻:小泉セツの生涯』長谷川洋二(著)今井書店 
■『小泉八雲と妖怪』小泉凡著(著)玉川大学出版部 
■『怪談・骨董』小泉八雲(著)・平井呈一(訳)恒文社 
■『日本瞥見記(上・下)』小泉八雲(著)・平井呈一(訳)恒文社 
■『東の国から・心)』小泉八雲(著)・平井呈一(訳)恒文社 
■『思ひ出の記』?小泉節子(著)・小泉八雲記念館(監修)ハーベスト出版 
■『ドラマ人物伝 小泉八雲とセツ:「怪談」が結んだ運命のふたり』?NHK出版(編)NHK出版 
■『ラフカディオハーンが愛した妻 小泉セツの生涯』?櫻庭由紀子(著)内外出版社 
■「詳述年表ラフカディオ・ハーン伝」板東浩司(著)英潮社
■「小泉八雲: 思い出の記・父八雲を憶う」小泉節子,小泉一雄(著)恒文社
■https://archive.org/details/kottojapanese00hearrich　KOTTO
■https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.79571/page/n13/mode/2up　KWAIDAN
■https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.45846/page/n11/mode/2up　Out Of The East
■https://archive.org/details/glimpsesofunfami0lhear　Glimpses of unfamiliar Japan vol.1
■https://archive.org/details/glimpsesofunfami02hear　Glimpses of unfamiliar Japan vol.2
■「松江に於ける八雲の私生活」桑原羊次郎(著)山陰新報社
■『ラフカディオ・ハ-ンのアメリカ時代』?エドワード・ラロク ティンカー(著)木村勝造(訳)ミネルヴァ書房 
■『小泉八雲事典』?平川祐弘(監修)恒文社
■『夢の途上: ラフカディオ・ハーンの生涯〈アメリカ編〉』?工藤美代子(著)集英社 
■『評伝ラフカディオ・ハーン』?E.スティーヴンスン(箸)遠田勝(訳)恒文社 
■『小泉八雲　日本を見つめる西洋の眼差し』筑摩書房編集部(箸) 

★すべての読者様に愛と感謝の “ありがっとう!!”

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