朝ドラ「ばけばけ」住み込み女中は当初中年女性のはずだった… 小泉八雲 松江歳月の一断面――湖畔の小家と、風の冬――

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【忠告】
朝ドラ『ばけばけ』の先の展開のネタバレは基本的に書いてありませんが。
小泉八雲（ラフカディオ・ハーン）と、妻・セツ夫妻の［史実］について触れます。
あとから「読むんじゃなかった…」がないよう、読む際は自己責任でお願いします。
　※以下、敬称は部分的に使い分けをします。

小泉セツの外国人ハーンの住み込み女中となった事情

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―――ここまで、ごあいさつ―――

俳優・高石あかりさん主演でヒロイン・松野トキを、トミー・バストウさんがレフカダ・ヘブンを演じ、文豪ラフカディオ・ハーン（小泉八雲）と、妻セツをモデルにしたNHK連続テレビ小説（朝ドラ）『ばけばけ』（NHK総合・月～土、午前8時～ほか）。

第7週『オトキサン、ジョチュウ、ＯＫ？』では、トキ（髙石あかり）がヘブン（トミー・バストウ）の女中として迎えられるが、家族には真実を隠し花田旅館勤務と偽りながらの生活が描かれるようだ。

そこで今回は、「ラシャメンと言われるのが一番辛かった」とする小泉セツの外国人ハーンの住み込み女中となった事情の［史実］を記してみようと思う。

きっと、「本編」では採用されなかったエピソードを知ることになるので、より今作を深読みできると思う。

第一章　旅館を出る決断

横浜からの移動、そして松江での仮住まいとして、ラフカディオ・ハーン（のちの「小泉八雲」）は当初、旅館に居住していた。

しかし、旅館は「世話が行き届き過ぎる」のである。

客という立場のままでいると、自分の生活リズムも観察も、つねに“人の網”の中で進む。

いわゆる「身を預けてしまう居心地のよさ」が、逆に彼の観察の鋭さを鈍らせる。

そこが、早く旅館を出たいという彼の根っこにあった“理由”である。

そうして、ハーンは朝の光が差し込む廊下をため息交じりに歩いたのであった……

第二章　旅館を出た直後の狙い

旅館を出た直後、ハーンは「女中の段取り」すら介入しない生活を、まずは駆使せんとしたのである。

衣類の管理も、台所も、茶の準備も“自分の手元で”完結させようとしたのだ。

実際、最初の数日はそう動いた。

だが、細部の所作に急速に限界を感じる。

結果、最低限の支えを “一人” に絞る形で依頼する方向に舵を定めたのである。

そう、ハーンは台所の木の匂いを嗅ぎながら、“少しぎこちない所作で茶を用意する自分だけの時間”が確かに漂っていることを感じたのである。

そしてその思いが、のちにセツとの生活設計に接続していく……

第三章　湖畔の小家は、光と水の匂いで始まる

旅館を出て把握した新居は「湖が手前に開ける」点で決定した。

松江の旧市街は、湖と町が “隣り合っている” 地形である。

徒歩移動で完結する範囲である。

窓から光が差し込み、日常に安らぎをもたらした。

湖面に映る空からの光は “水を通った” 明るさとして、まだ冷たい冬の朝をやわらげていたのである……

第四章　だが、冬――松江の寒さは予想を超え

光はあった。

しかし “暖かさ” はなかった。

松江の冬は、骨の中に入る。

風は樹ではなく “人” を直接削る。

暖房器具が “心理” の救いになるほど、気温の下げ幅が鋭かったのである。

そう、ハーンは両手を擦り合わせ、火鉢のそばで震える自分を意識せざるを得なかったのだ……

第五章　最初の中年女性の住み込み女中の予定だった

当初、ハーンの新居に住み込む予定であったのは、中年の女性であった。

しかし、翌日になっても女中は現れなかった。

手違いだったのか、それとも直前で辞退したのか、詳細は不明である。

そして寒さ真っただ中の2月上旬、富田旅館の女将ツネの紹介により、若き小泉セツが住み込みとして現れることとなったのである……

第六章　20代のセツ"洋妾"と呼ばれる偏見に立ち向かう覚悟

セツは当時、まだ20代であった。

以前、機織工場で働く際に旅館のお信と知り合っており、稲垣家の厳しい状況もよく理解していた。

ハーンは高給を約束していたため、セツにとっても渡りに船の申し出であった。

だが、世間の目は厳しかった。

男ひとりの家に若い女性が住み込むとなれば、すぐに “妾” の噂が立つ。

さらに、相手が外国人であることは、普通の妾になる以上の覚悟を要する事態だ。

松江の町では、庶民の間にまだ外国人への偏見が残っていたからだ。

セツが住み込み女中として働くということは、単なる奉公ではなく、見えぬ重圧や屈辱に耐える覚悟を伴う行為であったのだ……

第七章　湖の視界と精神

“湖が見えるという事実は、彼の精神に落ち着く核を付与する”

ハーンは複数の手紙で「水辺が自分の感覚に安定（calm）を与える」旨を記している。

“水面が視界にある” という物理条件そのものを、彼は“精神の最下層を安定させる空気穴”として捉えていたのである。

であるから、湖に反射する光を見つめる時間だけ、彼の言葉はゆっくりと落ち着いたのである……

第八章　セツが晩年に語った痛点

セツは晩年、松江の町で “洋妾（ラシャメン）” と呼ばれた痛さについて回想した。

当時の松江は “言葉の棘（とげ）が風より早い町” でもあった。

あるひとつの日――

買い物帰りに角を曲がった時、背中に「洋妾」という音がぶつかる。

振り返らぬセツ……

だが、その「洋妾」という雑音が胸に刺さったのだ。

セツは、その冷たさを “刺さったまま抜けない棘” としてのちに語った。

しかし、それでもセツは、日常の買い物を手早く済ませ、街の影に溶けるように歩いたのであった……

あとがき

ハーンの松江生活は、光・水・寒さ・そして人々の視線という複数の要素で形作られていたわけです。

旅館を出て小家（小さく粗末な家）に移った行為は、ただ住まいを変えただけではなく、精神の秩序を取り戻す試みでもありました。

セツとの出会いもまた、単なる “家政(婦)的便宜” ではなく、困難な環境の中で互いの生存力を引き出す “実践の始まり” でありました。

湖畔に差し込む光と風景、冬の寒さと町の声――

これらが織り成す日常の細部こそ、ハーンの観察眼を研ぎ澄ませ、セツの覚悟を強固にしたのだと思います。

ドラマで描かれるフィクションの奥に、こうした史実を知ることで、物語がより深く、温かく感じられると思います。

読者の皆様の “ドラマを楽しむ” ためのお役に立てれば幸いです。

参考・出展

■『小泉セツとハーンの物語: ー小泉八雲「怪談」誕生のひみつー』三成清香(著)少年写真新聞社 
■『小泉八雲　漂泊の作家ラフカディオ･ハーンの生涯』工藤美代子(著)毎日新聞出版 
■『ヘルンとセツ』田淵久美子(著)NHK出版 
■『セツと八雲』小泉凡(著)朝日新聞出版 
■『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』青山誠(著)KADOKAWA 
■『面白すぎて誰かに話したくなる 小泉八雲とセツ』伊藤賀一(著)リベラル社 
■『八雲の妻:小泉セツの生涯』長谷川洋二(著)今井書店 
■『小泉八雲と妖怪』小泉凡著(著)玉川大学出版部 
■『怪談・骨董』小泉八雲(著)・平井呈一(訳) 恒文社 
■『日本瞥見記(上・下)』小泉八雲(著)・平井呈一(訳) 恒文社 
■『東の国から・心)』小泉八雲(著)・平井呈一(訳) 恒文社 
■詳述年表ラフカディオ・ハーン伝」 板東浩司(著)英潮社
■「小泉八雲: 思い出の記・父八雲を憶う」 小泉節子,小泉一雄(著)恒文社
■https://archive.org/details/kottojapanese00hearrich　KOTTO
■https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.79571/page/n13/mode/2up　KWAIDAN
■https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.45846/page/n11/mode/2up　Out Of The East
■https://archive.org/details/glimpsesofunfami0lhear　Glimpses of unfamiliar Japan vol.1
■https://archive.org/details/glimpsesofunfami02hear　Glimpses of unfamiliar Japan vol.2

★すべての読者様に愛と感謝の “ありがっとう!!”

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