【未見なら必見】NHK総合で1月8日放送・映画「生きる」黒澤明監督流“これでもか？”演出の極意とは!?

日本映画『生きる』劇場公開用ポスター（写真＝Courtesy of Toho © 1952／PD-Japan-organization／Wikimedia Commons）

なぜ、管理人みっきーは映画『生きる』を胸熱に推すのか？

私の大好きな映画のベスト4（3つにできない！）は…

　●ヒッチコック監督『裏窓（1954年）』
　●スピルバーグ監督『JAWS・ジョーズ（1975年）』
　●スピルバーグ監督のテレビ映画『激突!（1972）』

そして、日本映画から絶対入れたいのが黒澤明監督『生きる（1952）』

今回は、来る2024年1月8日（月祝）にNHK総合で放送されるとのことで。

まだ見たことのない人のために、「なぜ、管理人みっきーが胸熱に推すのか？」を語ってみたい。

今回初めて見る人は、次の「あらすじ」の章だけ読んで見ても良し。

それ以降の解説を予習として読んでおくも良し。

既に見たことのある人は、再確認の意味で読んでから見るのをお勧めする。

あらすじ

長い間地味な仕事に従事してきた公務員の物語だ。

50歳を超え、何十年も黙々と書類を処理し、印鑑を押すことに従事していた。

妻はすでに亡くなっており、息子を一人で育ててきた。
その息子も成人し、結婚して家庭を持っていた。

男は息子とお嫁さんが自分の死後の遺産について話しているのを知っていた。

そんなある日、突然、彼は自らが胃がんで余命が半年しかないことを知る。

冷淡で薄情な息子に戸惑う男は、自分の死を待ち望んでいるような息子にがんを患っていることを告げることができない。

自分の人生に後悔と焦りを感じ、「生きる」とは何かを探す決断をする。

そこで彼は、これまで経験したことのないことに挑戦しようとする。

お酒を飲み、パチンコをし、ダンスホールやエッチなお店に足を運ぶ。

しかし、これらの経験が虚しいものであることを知る。

そして、男は「生きる」とは何か？ についての真実を見つける旅に出ることになるのだ。

ハリウッド映画で多用される「三幕構成」とは？

映画『生きる』が一般的なストーリー構成である「起承転結」になっていないことに注目してみる。

今作の構成は、ハリウッド映画で多く用いられている「三幕構成」だ。

「起承転結」と「三幕構成」の大きな違いは…

「起承転結」が物語の “流れ” で観客を惹き付けようとする思惑が強いのに対し…

「三幕構成」は、“主人公の目標” が重視される。

重要なのはストーリー全体の真ん中に"転換点"をつくること。

「三幕構成」を簡単に箇条書きで表すと次のようになる…

　　●第一幕：発端→状況や設定の説明と、主人公の目標を提示
　　●第二幕の前半：葛藤1→主人公が目標に向って前進
　　★この位置に「転換点＝ミッドポイント」が入る
　　●第二幕の後半：葛藤2→主人公がどんどん窮地に陥っていく
　　●第三幕：解決→主人公が目標に向って再び前進

上記を見てお分かりのように…

重要なのは、ストーリー全体の真ん中に “転換点” をつくるという「ミッドポイント」の考え方。

「起承転結」は「承」から「結」で物語を切り替えるが。

「三幕構成」は物語の真ん中で “主人公の立場が一転する” みたいな感じだ。

第一幕から第二幕の前半までは観客を惹き付けて…

第三幕の直前で「プロットポイントII」と呼ばれる切れ目をつくって、そこから一気に主人公の再起を描く。

これがハリウッド流。

映画『生きる』の三幕構成の "三幕目" が斬新すぎる！

映画『生きる』の「三幕構成」は、次の冒頭のナレーションから始まる。

これは この物語の主人公の胃袋である。
噴門部に胃癌の兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない。

(中略：主人公の仕事の日常風景があって)

これが この物語の主人公である。
しかし 今この男について語るのは退屈なだけだ。
なぜなら 彼は時間を潰しているだけだからだ。 彼には生きた時間がない。 つまり彼は生きているとは言えないからである。

がんであること、余命が半年しかないことを知る主人公。

その主人公の日常描写が「第一幕」。

「第二幕の前半」は、主人公が快楽に溺れながら、人生への虚無間にさいなまれていく過程だ。

そして、役所を辞めた部下も誘ってみるが、拒絶されるところが「ミッドポイント」となる。

そこを理由に理性を取り戻して、役所に戻ってからが「第二幕の後半」。

普通の “ドラマ” の構成なら。

「第三幕」は＜解決の章＞だから、主人公が目標に向って再び前進する姿が描かれる。

でも『生きる』の「第三幕」は主人公の遺影のアップから始まる。

そう、なんと “主人公の死後＝主人公が生きていない” が「第三幕」のオープニングなのだ。

通夜の席で、役所の人間たちや警察官が主人公を語る形式で次のことが描かれる。

既に死んでいる主人公なのに…
四方八方を駆け回って、市民が望んだ小さな公園を実現させる主人公が回想というカタチで描写される点が斬新なのだ。

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"無感覚/鈍感/無気力"が"敏感/意欲的感情豊か"に劇的変化

私は、脚本と演出について次のように書いてきた。

説明セリフは容易に使うべきでない。
映像で見せて(show)魅せる(fascinate)べき！

しかし映画『生きる」では、“ドラマ” を進行している大部分が説明セリフだ。

それも、ナレーションは当然のこと。

職場関係や家族といった登場人物たちまで説明セリフで…

主人公の人生や生き様を評価、判断、意見するのだ。

一方の主人公の描写は言葉も感情表現も極力抑えて、無感覚を表現していく。

物語は、周囲の「妨害要因」「余計な干渉」「不要な騒音」を主人公に浴びせ続けることで、主人公の心が動く「プロットポイントII」まで、じわじわと、盛り上げる。

そして今度は、「無感覚」「鈍感」「無気力」の真逆の行動…

「敏感」「意欲的」「感情豊か」な行動原理が働いて、周囲の「妨害要因」「余計な干渉」「不要な騒音」に影響を受けずに目標達成に向かって走り出す。

その、目標を達成するために走り出すことこそが、“主人公が自分の人生を生きる” ことなのだ。

要するに、今作の仕掛けは、周囲の雑音といった説明セリフを多用することで…

周囲が主人公の “生きた時間” をどう評価、判断、意見しているのかを描くことで…

観客に対して、「あなたは、主人公の “生きた時間” をどう評価、判断、意見しますか？」と訴え、問いかけるアプローチなのだ。

約30秒間のエキストラによる「♪ハッピーバースデー」

中盤、主人公が「あそこに公園を作ろう！」と思った時。

同じお店で、誕生日パーティーをやっている全く関係のない女学生たちが「♪ハッピーバースデー！」を唄う場面がある。

普通の映画、普通の監督なら、主人公が「新しい人生を歩むシーンだから誕生日なのだ！」と分かるように…
さり気なく数カットだけ挿入して… 「なるほど…」と思わせるなんてことをやると思う。

しかし黒澤監督は、やるべきことを見つけた主人公が目をギョロギョロさせ興奮している様子をじっくり描写し…

その直後になんと約30秒間、「♪ハッピーバースデー！」を流す。

それも、これ見よがしに「これでもか！」と言わんばかりに…
女学生たちは階段を駆け下りる主人公に向かって歌っているように。

まるで観客の胸ぐらを掴んで強烈なパンチを食らわせて、「これなら分かるか！」というのが黒澤流の主題の提示手法なのだ。

＜これだけ見せれば分かるだろ!?＞が黒澤流の演出技法

黒澤監督の観客への「これでもか！」は、ほかにもある。

先述したお通夜のシーン。

役所の同僚や上司たちが、「公園を完成させたのは主人公の手柄でなく、自分たちが一丸となったからできたんだ」みたいな見自画自賛を、これまた約30分間くらい見せる。

そうすると、当然観客は、「マジでこいつらクズだな」ってなる。

そのうち、どんどん「こういう自分の手柄ばっかりの人間が政治家や役人だから、日本はどんどんダメになっていくんだ！」ってなる。

で、やがて「うちの会社の上司や取引先の連中も、保身ばかり、自分、自社、自党のことだけだから、ろくなことにならないんだ!!」ってなっていく。

要するに、黒澤監督の作風、作劇は、昨今の＜誰でも内容が分かるように説明過多にする＞なんて中途半端でなく。

しつこく、まどろっこしく表現、描写しまくって。

まるで、長時間正座をさせて怒鳴り続けるみたいな表現を使うことが多い。

映画『椿三十郎』では斬られた人間から、これでもか！と言わんばかりに血を吹き出させたり。

映画『七人の侍』の火事のシーンではスタッフがガソリンの量を間違え俳優が火傷を負ったが、それをオーケーテイクとして使ったり。

とにかく、＜誰にも分かりやすく＞ではなく…
＜これだけ見せれば分かるだろ!?＞が黒澤流なのだ。

その要素を、切った張ったの世界を描いた「時代劇」「ヤ○ザ映画」ではなく、「ヒューマンドラマ」でも一切手抜き無しなのが、この『生きる』。

それでいて、エンターテインメント作品として世界中で評価されているからスゴイのだ。

放送概要

映画「生きる」＜スタンダードサイズ＞
[総合] 2024年01月08日 午後1:05 ~ 午後3:30 (2時間25分)

巨匠・黒澤明監督の代表作のひとつ。勤勉にみえながら無気力に生きてきた男が、余命わずかなことを知り、生きる意味を見いだそうとする姿を描く感動の名作。主演は志村喬。

あとがき

私は、たまにこんなことを書いています。

私が好きなドラマは、
あざといことは一切せずに、
出し惜しみなどもせず、
全力勝負で最後の1秒まで
視聴者を楽しませる工夫に満ちた作品だ

黒澤映画には、上記のポイントが全部絶妙に完ぺきに盛り込まれています。

冒頭からハッキリと問題提起をし、問題意識を提示して、１ミリもブレずにテーマに沿って描き込む徹底した執念のような映像主義と。

モンタージュ技法（複数の映像の断片を組み合わせてひとつの連続したシーンを作る方法）などの映像手法を駆使した、動きのある画面構成とダイナミックな画作りで、常に観客を飽きさせない熱量です。

この『生きる』はアクティブな映画でないですが、しっかりと人間の動作に基づいて映像がつくられています。

ぜひ、１コマも無駄のない最高のエンターテインメントをお楽しみください。

★すべての読者様に愛と感謝の “ありがっとう!!”

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